歓喜天日記

私の持つ"喜"をここに記します。

死ぬのは怖いか?


なんてことを言われてた日には、とうとう私は神に出会ってしまったのか、と。

これまで、どれだけの有象無象に反骨してきたのだろう。
この世界は歪んでいる、とダークヒーローのようなセリフを素面で言い放ててしまう自分が小恥ずかしくもあるが、私が感じたことは私の中では紛れもない真実なのだ。

「死ぬのは怖いか?」

私の半分程度の背丈の少年に声を掛けられた。おそらく歳も一桁といったところだろう。ヒーロー戦隊モノに影響されて悪役の主犯格ようなセリフを吐いてきたのかと思ったが、その声は明らかに私よりも遥か年上の貫禄があり、ドスの効いた低いものだった。本当に魔王を思わせた。

途端に私の視界が濃い紫色に変色していき、思考がそれに囚われていくのを感じた。少年に話しかけられるまでの経緯やそれまでの記憶は一切思い返せなくなり、少年だったか、魔王だったのか、もしくは神か、なぜか私には投げられた問いに答える以外の選択肢が残されていない。これほどまでに禍々しい圧力が、果たして本当に神なのだろうか。

無論、死ぬのは怖い。
死ぬことを人々が恐れるのはなぜか考えたことも少なくはない。

「人が死を恐れるのは、死んだ後には今生きているよりも恐ろしいことが起こることを私たちはおぼろげに理解しているからだ。」

かつての親友、山村が言ったことを思い出す。

「単純にその方が都合がいいからだろう。」と私は否定した。カフェテリアで頼んだブレンドコーヒーを山村は一向に手を付けようとしない。

何か対象を恐れるのに大それた理由は要らないのだ。その方が都合がいいからという事例は往々にして存在する。

カフェテリアでの話を800年が経った今でも鮮明に思い出せるのは何故だろう。これはもう過去ですらないのかもしれない。

ある日ふと、人類は3時間で滅亡した。

街はとうに没落し、昼と夜と私だけがいつまでも残っている。