「ねえ、聞いた?」
隣のテーブルに座っている、コロコロと太った女性がクリームソーダをストローでゴロゴロと吸いながら、向かいに座る女性に話しかけている。
「聞いた聞いた!ヤバいよね~」
風貌からして大学生だろうか。友達同士なのだろう、気心の知れた間柄であることが空気感から感じ取ることができる。
しかしながらここはカフェテリア、というか公共の場だ。こういった、マナーやモラルというものが常に問われる現場で我を忘れ盲目になってしまうのは、愚者がする事だ。
私たちの話がこの世で一番面白いと言わんばかりの声量で歓談しているその姿が愚に相応しく、やはり鼻についた。そういった話は大抵生産性の欠片もないものが大半で、私に向けられた話題でもないので勿論、毛頭興味もない。
私は人を待っていた。
18時に待ち合わせをしている旧友だ。彼が私に「やりたいことがある」と声を掛け、話を練り上げていくうちにようやくビッグビジネスとなる算段が付いたので作戦会議と洒落込もうといった具合だ。
約束の時間を15分ほど過ぎているが、一向に彼はやってこない。日本人だったらこの時間感覚は命取りになるだろう。彼が到着したら言い放ってやろうと思う。
君が到着するまでに何分かかりました。と。
皆さんが静かになるまでに何秒かかりました。と嫌味たらしく。
コーヒーを口にする。
砂糖とミルクを使わないコーヒーのことをブラックコーヒーと言うのは日本人くらいだろうか。
間もなくしてエントランスの扉が開き、ベルがキラキラと音を立てた。来客と同時に彼が私の元に駆け寄ってきた。
「お前、遅刻だぞ」
「いやあ悪い悪い」
彼は悪びれる様子もなく、口先で謝罪する。
「衝撃的なニュースが流れてきてテレビに釘付けになっちゃってさ。」
どんな言い訳だよ、と心の中でツッコミを入れる。
返答はもう少しウィットに富んだものを考えた。
「人の待ち合わせを連絡もなく15分すっぽかすほどの出来事がそうそうあるとは思えないな。」
皮肉交じりに言ってのけた。
「え?お前知らないの?」
「だってずっとここにいたからな。」
「あ、そうなんだ。そりゃそうか。悪かったって。」
彼は作戦会議の本題に移ろうとした。
彼自身の中で完結したことを彼が離さないのは悪い癖だ。
私は彼の言い訳の正当性を確かめないと気が済まなかった。
「その衝撃的なニュースってなんなんだ?」
「あー、聞きたい?」
「勿体ぶるなよ。」
「死んだんだって。」
「え?誰が。」
「誰って、神様だよ。」
「は?神様が死んだってなんだよ」
私は思わず笑ってしまった。そりゃあ大変だ。偶像崇拝主義ではないが、まさに現実味に乏しいトピックだった。私は馬鹿にされないように再び機知に富んだ返しを考えた。
「さすがに神様も老衰には勝てないのかもな。6日間かけてじっくり死んだのか?1日休めないよなあ。6日目に死んでしまったなら。」
精いっぱい皮肉めいた返しがこの程度だった。
我ながら呆れてしまう。
周囲からの視線を感じる。町中がこの話題で持ち切りのようだった。
「俺だってそれだけじゃ遅刻なんてしないよ。」
彼は続けざまに言った。
「自殺だってさ。」
「遺書が見つかったらしい。」