歓喜天日記

私の持つ"喜"をここに記します。

命の恩人が私を殺してくれた。


こんにちは。
篠野です。

今日は、またとある私の友人の話。



いきなりですが、私には最近(?)命の恩人が出来ました。

あなたにはいますか?命を預けたような存在。

まあ誰かって言うと、同じ大学の友達なんだけど、社会人になってからもそこそこの頻度で遊んだりスタジオに入ったり私の曲のドラムを考えてくれたりする友達なんだけど。
私は彼に命を救われたことがあるんです。
まあ過去の記事を読んでくれていたら分かるかもしれないんだけど、これね。

kan-ghi-ten.hatenablog.com


どう?長すぎて読む気失せた?

そういう人に説明するけど、私、いわゆる「うつ」と診断されまして。
その当時、体が勝手に自殺しちゃうんじゃないかと怖くなるくらい不安定な状態でした。
その時に、なんでそうしたのか記憶もないんだけど、彼に助け船を出してみたらとっても手早く助けてくれた友達の話です。
多分、普段からやり取りしてた?からなのか、ラインの上の方にいたから?とかなのかな、連絡した理由は。いや、その時は疎遠気味だったけど地理的に一番近くに住んでいた友達だと思ったから連絡したのかもしれない。本当に覚えていない。

でね、「心がヤバいかもしれん」みたいなことを連絡して、駆けつけてくれたんですよ。
そしたら、銭湯連れてってくれたんですよ。

そうするとね、車の中で確かこんなことを言ったんですよ彼。

「いつもだったら意味わからんふざけたこと言うのに、今全然ふざけてない。」って。
私のこと高田純次とでも思っていたのかよ。
で、それを聞いた私は「そうだっけ、今そんなに違う?」みたいな反応しました。自覚無かったからね。本当に元気なかったんだろうな。

で、銭湯で風呂に入りながら色々話したかな。

彼は今どんな仕事をしているんだとか、世の中にはこういう生き方もあるらしいぞとか、そんな話。

そりゃあね、私だって馬鹿じゃないから、それくらいわかるのよ。世の中にはいろんな生き方があることくらい、知ってるんですよ。
でも、なんかそれ言われて感動したというか、思い出したというか、結果すごい頭が軽くなったのね。

んで、普段私が自分の気持ちを素直に言う事って本当に滅多にないんだけど、言ったのは覚えてるよ。

「あーなんか、ちょっと楽になったのかもしれないや。”持つべきものは友達”ってマジだったんだな」って。

本当に実感したのよ。私の中ではもはや発見のようで、そういう気持ちになったのも初めてだった。その時は、記憶だと結構な回数「ありがとう」とか「来てくれてよかった」とかお礼ばっかり言ってたと思う。我ながら気持ち悪いんだけど。でもその時はその感謝の感情にすがっていたいという気持ちもあったのかもしれない。

銭湯で、彼が今エンジニアをやってるんだ~とか、エンジニアのどこがおもしろいとか、どこが嫌だとか、そういう話を聞いた気がする。聞いてないかもしれん。記憶が抜けてるんよ。すまんて。

で、「会社休んで暇だったらプログラミングやってみたら?本でも貸すよ」みたいな流れになったの。

もうそれにも感動しちゃうわけよ弱ってる私は。
「会社休んで暇だったら」って、さらりと言ってくれるのが嬉しかった。記憶の捏造かもしれないけど私がエンジニア(現職)になるきっかけが彼だったので、もうこれは事実ということで。

んで、症状についてはさっきの過去記事を読んでもらいたいから省くんだけど、まあ病院に通うようになって、最初のうちは病院まで送ってくれたりしたわけ。私は会社を休んでね。
症状のことを話して理解してくれた上司にも「友達が送ってくれるんで大丈夫です」って言って休んでた。

で、まあ診察とか処方が終わると、午後から暇になってりして。
家の近くのスタバとかに行ってオシャレ気取ってMacBookを広げてみたわけ。
んで、教材見ながら黙々と作業するわけよ。彼と一緒に。

その時ってさ、没頭してるから忘れられるんだよね。

自分の精神の中に地獄が宿ってるんだってこと。

何よりも、没頭して忘れられることが救いだったと。

んで、プログラミングって、常に新しい技術出続けてるんな、とか、勉強するのが楽しいの久々だなとか、クリエイティビティ刺激されてめっちゃ楽しいな。とか、思ったわけ。元々曲作ったり絵を描いたり小さい頃は段ボールでゲーム機作ったり、何か作るのは大好きだったからね。つくってあそぼ精神がずっとある。


で、思い出したのよ。

私が小さいころに想像してた「大人」とか「仕事」って、
こういう画面を操作してたな。それに憧れてたな。って。

でもう、転職しようってことになったのよ。あっという間に。
そこからは、申し訳ないけど仕事(鬱を患ったことを報告して上司が協力してくれたので仕事量が分散されて私は暇な時間もできるようになった)しながら、プログラムを書いたりしてたのよ。まあもちろん「今の仕事を簡略化したい」っていう大義名分の元で、勉強してたのよ。そうするともうどんどん、エンジニアになりたいって思いが強くなってね。結果、今エンジニアをやってるって流れ。アプリ開発してるんだけど毎秒勉強なので今のところ飽きてないよ。


で、今思うのが、
「あの時の私は、一旦死んだのかも。」ということ。人生や私自身はそりゃもちろん地続きだけどね。
どういうことかって言うと、過労で心が壊れちゃって、薬飲んで初めて朝日や花を見て泣いたりして、とんでもない幸福感に包まれて、生まれ変わったんじゃないの?とすら思えたってことなんですよ。世の心がつらい人には本当に申し訳ないんだけど、私はそうでした。薬のおかげだとしても、あの感動は忘れられないのよ。リゼロ風に言うなら、脳が震えたね。


※参考画像

同時に、「あの時あいつが来てくれなかったら自殺してたかもしれないんだよなあ」って思うわけ。

じゃあ、命の恩人じゃないか。そう思ったのよ。

でも私は生まれ変わったと言っていいほどあの時感動したんだ。あの感動のショックで私はあの時一回死んだんだ、と。


つまり、
命の恩人が私を殺してくれたんだな。と。

はい、タイトル回収。お疲れ。



命の恩人って、感じられる人が生きてて現れるとは思わなかったよ。ただ感謝だね。キモ目に言うなら「ズッ友」だぜ。

今じゃ夢語り合うような仲。色々企ててるのよ。


ちなみにエンジニアになって隣県の静岡県に、嫁と二人で住む私は、未だに彼と遊んでます。この間結婚式で乾杯スピーチ頼んだ。



先月だってあいつ、
遠路はるばる静岡まで(スマブラ負けに)来てやんの。
しかも髭ボーボーで爆笑した。
マジでハグリッドになってたよ。
私はハッフルパフ所属です。アラオホモーラ。