歓喜天日記

私の持つ"喜"をここに記します。

【鉄の塊カメラ】ライカが手に馴染むわけないのに。

こんにちは。ごきげんいかが?
ライライ!(ライカなので)
今日は、あるカメラのお話。脱線多めのカロリー高い話。
この記事読めば10kg痩せます。いくぞ?いいね?


はい今日のトピック。

イカ、知ってますか?

知る人ぞ知るカメラの最高峰。ドイツのカメラ。Leica。知らない人はググってください。この記事を!読んだ後でな!!!!!!!!!

優しいので参考にリンク載せてあげますよ。

store.leica-camera.jp

日本人はドイツ人に勝てない。

いきなり何を言い出すのかって?まぁまぁ。そう急ぎなさんな。
断言できます。あなたは今暇でしょうから。何に急いでいるの?(核心)
まぁざっくり言うと、結論ドイツ人は日本人より年間40日も多く休んでて、日本人より高い給料もらってるからGDPが日本より3000ドルも高い。つまり、日本人より合理的で効率的に働くことができる国といういこと。そりゃ未だに全部手作りで最高峰カメラ作れますわ。何を求められているのか理解してる。
価格低減ばっか掲げて大量生産ばっかすんなやトヨタは。プロダクトに真心を込めろ。AE86トレノみたいなの出せ。まあ用途違うしトヨタトヨタで合理的だろうけど。

昔は製品サイクルが長いから、モノとして純粋に優れたものが多い

製品サイクルというものがある。取り替える頻度みたいなもん。例えばスマホは2年、車で10年。時代の変化に追随しなきゃいけない界隈はアップデートが激しい。
しかしどうだろう。一昔も二昔も前の外車や国産スポーツカーを排気音バリバリで走ってたり、iPhone5Sを未だに使ってたりする人を見かけないだろうか?え?見ない?それは視野が狭すぎるので悔い改めてください。昔の物は製品サイクルが長いという話。例えば昔の車は10年20年それ以上乗られることを想定してる。だから創る側も手を抜けない。だからコストもかかる。けど、だからこそ、良いものになる。それは何年経っても壊れず現役で使える。サイクルの短い現代をけなすようだが、数年で買い替えられる前提のモノづくりだから創り手の心が安っぽい。つまりはそういうこと。

僕らは造り手が本気で作ったものを欲している。

しかも現代でそれが叶うことはあまりない。安物買いの銭失いという言葉がある。あーでもないこーでもないと安物を買ってるうちに高くて良いもの買えたねって意味。ライカはそんな言葉は露知らず。100万とかざら。中古車買える。だけど末代まで使える。君が今死んじゃったら君が末代になるんだけど。(リゼロ・パック談)

胸に刻んでおきたいのが、実際の良さよりもネームバリューが勝っている事が多いということ。

これを忘れてはいけない。例を挙げようか。
ギターについて詳しい人はいるだろうか。知る人ぞ知る、Fender社製のギター。誰もが欲しいですよね。中古で5万くらいから買えるところもある。
対して我らが島村楽器のブランド、Cool Zの同じストラトキャスター型のギター。
安いものだと新品で5万円くらいから。しかも島村楽器のCool Z、とても弾きやすく音の鳴りも良く、よくできたギターだと個人的には思う。
島村楽器のCool Zはすごくいいけど、Fenderではないという理由であまり売れていないんじゃないかと思ってる。多少音が悪くても弾きにくくてもFenderを買う。これがネームバリューが圧勝している事例。
当たり前のことを繰り返すが、島村楽器製のギターはフェンダー製じゃないから売れないのだ。
暴力とも取れる当然の事実が重くのしかかるッ!!
まぁなにが言いたいかというと、なぜ人は劣性のフェンダーを買うのか。それは、皆自分がフェンダー製ギターを弾いている事実が欲しいから。フェンダー買っときゃ安心、安泰。大手に入社しとけば安泰みたいなのと同じ。まぁなんにせよ、選ぶ行為が大事ですということ。Cool Zの方が音が良くて弾きやすくても憧れる方を選ぶパターンだってある。まあこの論は大学時代の先輩の受け売りだけど。たしかに!と思ったのでずっと覚えてます。

ならばライカはどうだろうか。

歴史で最初に小型カメラの機構を生み出した会社。それまではなんか想像するように暗幕みたいなの被って覗いてバシャ!ってなるやつ。
エルンストライツ社は世界初のレンジファインダー機構を生み出した。真鍮の塊を削り出して作り上げるカメラ。M型ライカ
噂によると手でこすり続けて削っているらしい。ショーシャンクの空かよ。うそです。
M型ライカってね、1950年くらいからその形はいまだに変わらないんです。70年も前から完成していたなんて。こだわり抜いた手作りだから、とても高い。しかもそれを今も貫いているのだから、ライカ=めちゃくちゃ高級のカメラというネームバリューがついてきた。
作りはどうか。
結論、文句なし。
まぁあのね、20年そこら生きてきた程度のjoooyaくんが70年のこだわりの歴史にケチつけられませんよ。野暮すぎ。少なくとも70年使われ続けるデザイン。機能も昔っから、最低限。誰でも綺麗に撮れるとか、そういうのはありません。フルマニュアルカメラなんでね。絞りもピントも露出も全部自力で意思を持って自分で合わせるの。
便利にしようとすることで陳腐になるのよ。
歴史を貶せないよとか言ったけど、大枚はたいて買ったもの否定したくないだけかもしれない。

さて、本題に移ろう。(ここまで導入という衝撃)

イカは手に馴染むと言われている

とはいえ、先にも説明した通り、M型ライカは真鍮の塊です。
鉄の塊が手に馴染むわけがないだろ。
とはいえ、確かに馴染む感覚がある。
真剣に考えてみた。鉄が手に馴染むハズがないので、馴染んでいるのは使う人の手だろうと思う。
例えば毎日持つことで、鉄の塊の重さに慣れてきたり、ほぼ真四角の鉄の持ちかたを自然と見出したりすることで持ち方を体が覚える。それが馴染むことに繋がるんだろうなぁ。
イカが手に馴染むんじゃない。手がライカに馴染んでいるのです。はいQ.E.D.

極上を知る

ネームバリューも、実際のバリューも一流のプロダクト。道楽カメラとも揶揄される。悔しけりゃ金貯めて買いな!
イカには極上のシャッターフィーリングがある。100万費やしたオーナーは無下にライカを貶せない。本気で貶す事ができなくなる魔法にかかる。呪いでも同義かもしれない。
写真を撮る、と言う体験を心地よいものに昇華させてくれる。
そんでもってライカにしか撮れない写真が撮れるんだから、もうゴールと言えばゴール。
子供にはわからない感覚。子供はニンテンドースイッチやってな!!!大人になるってこう言う極上を知ることでもあるんだなと感じます。大人になること、歳を取ることは必ずしも悪いことじゃない。金が増えてそういうものを知ることが増える。そうして時代の中で時代に逆らう方法を探して歴史を感じてワクワクしたまま死ねるのだから。
いやぁまぁ、清水の舞台から飛び降りる気持ちで大枚叩いてライカを買ってから4年近く経つけど、多分僕はこれからも飽きずに使い続けるし、今でもライカ見てちびちびとヤクルト飲める。ヤクルト美味しいよね。そういえば狂ったようにヤクルト1000が品薄になってんの馬鹿なの?アサヒの生ジョッキ缶と同じこと起きてんじゃん。

いかがでしたでしょうか

製品サイクルが短い現代で、トレンドを追い続けることが正とされる社会。ライカの潔いまでの逆行。時代に取り残されるとか、そんな理由でライカ岸辺露伴は動かない。真心こめて作られたプロダクトには極上が宿ります。大人になって、そう言うものを見つけていくことが、幸せのひとつとも言えると、私は思います。
イカには魔力が、さらにはここまで考えさせてくれる魅力がありますね。

最後に、まぁちょこっと僕の撮ったスナップ写真を載せていきますね。
長文、読んでくれてありがとう。暇人!!!!!!!
暇を満喫するんだぞ!!!!!!!じゃあな!!!!!!!


使用機材
Leica M-P Typ240
COSINA / Voigtlander COLOR-SKOPAR 35mm F2.5 PII