歓喜天日記

私の持つ"喜"をここに記します。

何年も会わなくなった人は本当に他人か。








違うと思います。(結論)





どうも、篠野です。


この間、というか2カ月くらい前?かな。


大学の友人が静岡に遊びに来てくれたんですよ。




実に7年ぶりくらい。

命の恩人つき。

↓その話。

kan-ghi-ten.hatenablog.com



ちなこいつは1カ月ぶりくらい。

フットワークどうなってんねん。


で、久々に再会して、


「大学の4年間以上に会ってないしもはや他人じゃん。」


という話になったんですけど、


ていうか私が言ったんですけど。

果たして本当にそうだろうか。と思った。



実際他人だったら会おうともならないし、


会ったことのない知らない人に、会おう、とはなりませんので、


君たちは他人なんかじゃ、ないぜ!!



という結論に至りました。


愚かTHINKINGしてしまっておりましたね。


幼少期の頃に関わったり、香港での暮らしで関わった日本人の友達も、

もう10年くらい会ってないし、

中には名前も覚えていなかったり、顔も覚えていなかったり、

もしかしたら私の知らないところで死んでしまったりするかもしれないんだけど、


タイミングがなければ、寧ろ、タイミングがあっても

もう二度と会わない人だったとしても、

私にとっては他人じゃないと思うようにしました。


実際に深く関わる仲になる人って、

例えば知り合った人が100人いたとして、
リアルに一割いればいい方だと思うんですけど、

その一割の幸福って、ほかの九割の、おぼろげに覚えている知り合いがいるからこそだと思うんですよね。


全部は繋がっていて、自分と相手の双方が影響し合って
今の自分を象っている(かたどっている)というわけ。



屍を踏んでいけとは言うけど、
屍じゃないにしろ、私たちは、そういう世界の上に立って生きているのだなあと

思いました。


人間は、社会的動物ですよね。やっぱり。



今日はこのへんでおしまい。





今日は、君に会いたい気分だぜ。




誰やねん!



おしまい。