歓喜天倶楽部

歓喜天倶楽部

日本一多趣味のテキストライター篠野が魅せる。日本一多趣味なブログ。

鬼がいる。



鬼だ。鬼がいる。
開いた瞳孔が私を睨む。
その眼光は私の背筋を焼き切るようだ。

なぜ私は鬼に睨まれているのだろう。
今日一日、確かに不憫な出来事が重なっていたことを思い出す。

朝、日課の散歩に家を出た。
そこには夜通し飲み騒ぎをしたであろう若い男女たちが
あろうことか道路に寝そべって酔いつぶれて騒いでいた。
あたりにはタバコの吸い殻が散乱していた。
私の住むマンションのエントランスが、
羽目を外した愚か者たちの手によって汚されていた。
私は関わりたくない気持ちと嫌なものを見た嫌悪感を抱えながら
終始苛立ちながら散歩をし、いつも通り一日を始めた。
普段なら清々しく一日を始められるのだが、
こんな些細な出来事で、心地よい一日の始まりではなくなった。

悶々とした気持ちを抱えながら過ごす一日は、
私なりには散々なものだった。
デスクでコーヒーをこぼし、上司に頼まれて作った資料は突き返され、
帰りに買って帰った夕飯はいつもより値上げされていた。

普段であればそこまで気にすることではない筈の出来事も、
今朝の散歩のときに抱いた嫌悪感のせいで
アンテナが怒りと嫌悪の方向にピンと張られてしまっていた。

「今日は散々だったな…」

私はため息をつく。散々な一日も、ようやく終わろうとしていた。

それなのに。
私は今、鬼に睨まれている。
恐怖で背筋がじりじりと焼かれ続けている。

なぜ、不憫な一日を過ごした私が、
鬼に土足で上がり込んできた挙句睨まれる必要があるのだろうか。
鬼が睨むべきは、今朝の愚者たちではないのか。
散々だった一日に追い打ちをかけるのが鬼のやり口なのか。
鬼は、どこまでいっても、鬼なのだろうか。


恐怖におびえながら、鬼に睨まれながら私は、
目線をそれから外すことができなかった。
全身がまるで骨のように、ただの直線へと変わり、何も動かない。
瞬きの方法を忘れ、次第に目が乾いてくる。

鬼が何をするのか。
私は再び不憫な思いを強いられてしまうのではないか。
その心配と嫌悪感が私の視線を固着させていた。
じっと鬼を睨み返す。
私は、鏡を見ていた。