文系大学卒がプログラマーに転生したことによる人格弊害。

こんにちは。篠野です。
アプリエンジニアです。
元々は、文系大学卒で、トヨタ系の製造業で貿易実務マンでした。
プログラミングとは無縁の人間でしたが、
今はいろいろあってアプリエンジニアやってます。
さて、私がプログラマーに転身してそろそろ3年が経つ頃合いですが、
少しずつデメリットを自覚してきましたので、今日はそのお話。
ちなみにメリットは普通にあります。
定時で帰れるし残業代も付くし残業無くても年収も100万くらい上がったし、
プログラムのことで頭ガンガン回しているので業務中の時間経過も早いです。
なにより創作意欲がずっと駆り立てられる現場なので楽しい。
しかし、デメリットもあります。
これは、元々プログラミングとは無縁だった人間の私だからこそ自覚できたことです。
結論から言うと、
気難しい人間になってしまった ということです。
どういうことか詳しくお話します。
ロジカルシンキング癖による弊害
プログラミングをする上で基本なのは、
ロジカルシンキングです。
身近に言い直すなら「あたりまえ体操」の「連続」です。
右足を出して左足出すと歩ける!
プログラムは、こういうことの連続であって、
世の中のアプリケーションはみんな、あたりまえ体操の増強版です。
基本的にプログラミングというのは、
コンピュータに「○○したら××してね」とコンピュータが理解できる言語で指示をすることです。
逆に言えば、「指示がないことは何もしない」んです。
「いやいやAIだったら学習内容を元に自分で判断してくれるが??w」
とかいうエンジニアは黙ってください。それでもプログラマーか?頭悪すぎか?
学習してねという指示をしているじゃないか。そういう話をしてんです。
ポイントは、「○○したら××する」
ということです。
これって、人間でも大体が当てはまるんですよね。
十分睡眠を取ったら起床する
お腹がすいたらご飯を食べる
19時になったら8チャンをつける
21時になったら歯を磨く
悶々としたらパートナーを誘惑する
大体のことが
もし○○だったら××する
に言い換えられるんですよ。
そしてそれはプログラムの基本であり、
いろんなパターンを指示してあげることで、
プログラムは人間みたいに判断できるようになる
ということになりませんか?
このロジカルシンキングの何が良くないのかと言うと、
たとえば街中でルールを守っていない自動車や、
イレギュラーに対応できていない現場などを見ると、
「なんでその程度のif(~したら)も想定(プログラミング)できてねえんだよ…」
とガッカリしてしまうようになりました。
「警察に信号無視をしているところを見つかったら罰金を支払わされる」
とか
「お客様本人が不在票ではなく居住確認書を持ってきたら本人確認をして荷物を渡す」
という条件文すら頭の中にないのか…
と考えてしまう。
それくらい想定しておこうぜ…っていうことが凄く増え、
何だか人の粗を見つけやすい性格になってしまった気がします。
2つ目は実話だしさ。
あやうく親切に居住確認書を持参しただけの住人になるところでした。
郵便局員が居住確認書を受け取って、「では後日お荷物をお届けしますので」っつってそのまま俺を帰そうとしたときは引いたな。
今!俺が!ここに!いるのに!wwwwww
プログラムは、
「○○だったら××」という想定をしておけば、
想定通りに動くし、
プログラムではそれが正しい為、
世の中でもそれがおおむね正しいと思ってしまう。
そして、正しさを持っている人は、
そうでない人を弾劾してしまう。
SEKAI NO OWARIのHabitという曲に
「大人の俺が言っちゃいけないこと言っちゃうけど、説教するってぶっちゃけ快楽」
という歌詞がありますが、
そういうことなんですよね。
正しさを手に入れた奴は正しくない人を弾劾することで気持ちよくなりたいんです。
だってせっかく正しいんだもんね。
このように、論理的思考力ばかり養われてしまった結果、
頑固な人間性が出来上がっていく感覚があり、
これはまさしく弊害であると思いました。
人格弊害から避けるためにしていること
気難しい人格をすっかり備えてしまった私。
エスカレートすると道行く人に毒を吐きかねないので、
既に対策を講じています。
それは、
隣人を愛するということ……
ありふれた娯楽に触れ、できるだけ笑うということ……
皆様も、くれぐれもお体に気を付けて幸せにお過ごしくださいませ。
二重人格?