歓喜天日記

私の持つ"喜"をここに記します。

生まれてきた理由を考察。


こんにちは。
今日は、考察。
というか私の中ではある意味、結論めいてしまってる節があるので、
ちょっとその話を。




はじめに。

私たちは何かに感謝しながら生きていくべきだと思うんです。




何のために生まれて、何をして喜ぶ
わからないまま終わる そんなのは





















嫌だッ!!!!!









って歌、ありますよね。


かの有名な、▼ン▼ン▼ンの主題歌ですね。


粗品「ん~~~トリッキーな伏せ字!」




で、本題ですが、私のが唱えたいのは、

私たちが生まれてきた理由というのは、
たった一つで、





「親が望んだから」だと思うんです。






私やあなたも例外なく、包み隠さず言うなら例えばレイプされて孕んでしまったような、一般的に「望まれてないんじゃないの?」と思えちゃうような子供だって、

生まれる直前までは、
母親に命を握られてるんですよ。

それなのに、結局私たちがここにいるのは、

親が望んだからってことですよね?それってあなたの感想ですよね?


生まれる前に、生殺与奪の権を母親に握らせているんですよね。

おっと。


※参考画像

わたくしとしたことが、
皆様の想像通りの画像を貼付け奉り仕り給うこそいと美しうてゐたりしてみたりしてしまいました。大変失礼しました。








つまり、私たちが見つけたり抱え込んだりする「喜怒哀楽」って、
親が望まないと発生しなかったことですよね。

物心さえつけば、誰しもしもしも~?高倉健






誰しも生きてうるちに、
今すぐ自分の腹を掻っ捌いて死んでしまいたい!と思うこともあるけど、
この絶望も「親が望んだから」なんですよね。


自暴自棄を除いて、というか自暴自棄も本心じゃないとすると、
本心で「不幸になりたい」と思う人なんて
ひとりもいないと思うんですよ。

同時に、「こいつには不幸になってもらうぜw」っつって産んだ母親もいないと思うんですよ。私母親じゃないからわからないけど。さすがにそうでしょ。

ってことは、私たちがぼんやり抱えている、
「幸せになりたい」ってのは、
親から受け継いだものなんじゃないの?という。私の感想ですよね。



じゃあこの暗~~~~い気持ちって何なの?
この悲し~~~~い気持ちって、何なの?
という疑問ですよね。


人生における喜怒哀楽の怒と哀は、親が望んだ「幸福」を感じるための
ゆるキャン△的に言えば、「マッチポンプ」なんじゃないの?というのが私の考え。

マッチポンプってのは、
「意図的に自分で問題を起こして、自分でもみ消す事」です。
人を病気にして、治療してお金を得る、みたいな商売のやり方を
マッチポンプ商法」と言ったりします。

ゆるキャン△的に言い換えるなら「助走」かもね。
助走中はしんどいけど、その分、よく飛べるよね。そういう事。


幸福があるから不幸がある、と思った方が、
親の望みとか、生まれてきた理由に沿っていると思わないかい?


幸福のための不幸ってことですよ。

不幸は幸福の助走。

クールにキマりましたね。イエーイ。



じゃあさ、幸せになってほしいと望んでくれて、生まれたわけだから、感謝しないといけないよね。
じゃあその幸福を取り巻く不幸にも、自分自身の思考にも、感謝しないとってことだよね。


すべては親が望んだから、ここにあるんですよ。


それに感謝すると、どうなるか、


周りの、生きている人みんな、
この前提を持って生まれてきたんだ!と思うわけですよ。



そしたら、少し考えればわかるよね、


自分が、人を悲しませたり傷つけたりしちゃいけないってことくらい。



それは相手の親も望んでないし、あなたの親も望んでいないわけ。


そんなこともわからないでなんとなく生きている人が山のように居るから
罪、なくならないんじゃないの?


鈍感は罪。考えないのはもっと罪。



この「感謝」さえあれば、
誰でも優しくなれると思うし、
自分とその周りも、良くなり続けると思うんですよ。


だから、私は今の自分がこうあることに感謝するために、
過去の全部を感謝し続けたいと思います。




もちろん、親にも、家族にも、
剣道でビシバシ叩きのめし続けてくれた団長にも、
私の自転車を毎日パンクさせてサドルを毎日隠した高校の他のクラスのサッカー部たちにも、
「音楽の話しかしないからつまんない」って振られた元彼女にも、
バンドを組んでスタジオに入った友達にも、
作った曲を茶化さず聞いてくれて一緒に編曲してくれた友達にも、
社会人になっても未だに一緒に遊んでくれる友達にも、
関わったことのない歓楽街の売女にも、
私を鬱病に仕立て上げてくれた前職にも、
私を殺してくれた命の恩人にも、
結局ずっと一緒にいる嫁にも、
ちょっとずつ増えてきた読者様にも、
実はこのブログをそれなりに読んでくれているかもしれない友達にも、
特に興味ないから読んでない友達にも、
友達じゃない人にも、
ファインディングニモ
私は、感謝したいと思います。



思い出したくない記憶も、全ては私の糧。
私の思考という植物に上等な水をくれてありがとう。



優しくなりましょうよ。みんな。

当てつけかのように優しくなったっていいじゃないですか。
過去の不幸は、今幸福になるための餌だと思わないと。
親が望んだことを全うしないと。せっかく生まれてきたんだから。


いつまで親の願いに背くつもりですか?
いつまで、生まれてきた理由に目を背けるつもりですか?


説教臭くなったところでおしまい。


ちゃんと自分なりに考えてね。