転職をした。エンジニアになった。
いわゆるプログラマーというやつだ。
私は小さいころからものづくりが好きだった。
ゲームボーイアドバンスを段ボールで作っては遊び、
セレビィ(ポケモン)の人形を紙と綿で作っては遊び、
純粋な私は成果物としてそれらを親に嬉々と見せると、
段ボールのゲームボーイアドバンスはいつのまにかスケルトンブルーになって
ポケットモンスタールビーが付いて手元にあった。
当時の私はそれを望んでいたわけではない。
ゲームボーイアドバンスが欲しいアピールをするために段ボールで作ったんじゃない。
少なくとも100%その願望のみでダンボールボーイアドバンスを作っていたわけじゃない。
ちなみにボディ裏面にカセット装填できるくらいのクオリティは大体ある。
でも決まって私が工作したものは時を経てリアルプロダクトとして私の手元にやってくることが多かった。
なぜだろうと思っていたが、当たり前のことだ。
外出先で子供が段ボールのゲーム機で遊んでたら親としての顔が立たないのだ。
「あの家族、ゲーム機も買えないのね…」
「ねーママ!あの子、段ボ」「見ちゃだめ!」
って思われると思っちゃうよな。そりゃそうだよな。
やってることが焼肉屋のダクトの匂いで白米食うのと同じことだもん。
ダクト飯はプロダクトじゃないもん。ダクトだもん。
さながら私のダンボールボーイアドバンスSPもダクト。
作っている時が楽しさのピークであった。
作ったものに愛着が沸くのも当然で、一日は持ち出すこともあっただろう。
私の工作を見てくれ、さあ。
知見のある人物が私の元にやってきてそれを博物館に展示してくれたまえ。寄贈しようじゃないか。
ただ私はわくわくさんを見習って、つくってあそんでいただけ。
下手な苦労をかけてしまったなと思う。
今となってようやくわかったよ。世間体ってやつを。
今となっては親に笑われながら、
「小さいころに何でも作ってたんだよ」と言われ、
嫁に笑われることが多いんだけど、極めつけは
段ボールで人間のパーツをつくって福笑いもしてたよ、と言われた。
マジで?
記憶には全くないのが恐ろしい限りなのだが、
目とか耳とか腕とか脚とかパーツごとに段ボールで作ったんだろうなと想像はとても容易にできる。
あの頃の私なら何でも作れる気がしていたから。
段ボールで人体錬成ができた時期、私にもありました。
ここまでくると人間の禁忌に触れている行為なような気さえしてしまう。
罪を罪と知らぬ、幼気な子供が出来心でタイムマシンを発明してしまう、そんなドラマが起こり得る可能性の原石は、きっとこういうところにある。
深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。
とにかく、何かを作るのは今でもずっと好きなのだ。
自立した今は嫁と賃貸で二人暮らしをしているが、壁紙を変えたいと毎日帰宅する度に思っているし、フローリングを張り替えたいとも思っている。
賃貸暮らしで許される範囲というものもあるし、妥協に妥協を重ね、今はディアウォールを使って壁一面に棚を設置して木の壁を貼り付けて棚も作ってギターでも飾ってやろうと企み続けている。
おかげで私の検索履歴はライカとDIYでいっぱいだ。
こういった工作、創作のことを考えている時間や、資材を買ってあーだこーだしている時間が私は一番好きなのだ。
そんな私が転職をして一年が経とうとしている。
プログラマーになる前は商社マン。
今思えば私はプログラマーになって本当に良かったと思っている。
毎日ワクワクしながらコードを書いている。
商社マンだった頃の私は毎日ワクワクしながら上司のパワハラを受けていた。そんなわけあるか。体罰が出来なくなったからって言葉の暴力レベル磨いてんじゃないよ。
心の傷の方が治り遅いんだから。フラジャイルだよ、フラジャイル。
転職を経て、今や私はアプリ開発の会社だ。人にも恵まれ、会社の人とたまにモンハンしたりボードゲームしたりすることもある。
前職では考えられない距離感だ。感謝し、邁進したいと思う。
この技術は少なくとも私の糧となるのだ。カテドラルでも建てるか。この思考が私を象っているのだ。
今までは、周りがしていたから、上司が帰らなかったから仕方なく前倒しで先の仕事を終わらせてるためにやっていた残業も、今は
「ちょっと今良いところ!」というメンタルで「残業させてくれ~!」となっている。
そんなアプリ開発の会社に、人体模型が置いてあるのだ。
だから私は筆を執った。
小一時間残業をすると弊社はドホワイト企業なので、人が居なくなる。
私の視界にはコンピュータの画面と人体模型があるのだ。
「まだ帰らないのか?」
声がした。誰もいないはずなのに声がした。
声のする方に目をやると、人体模型と目が合った。
人体模型が声をかけてきたと思った。
「もう少しで帰りますよ」
私は言った。その時だった。
ガラッと事務所の扉が開いた音がした。
黒ずくめのスーツを着た黒人が3人。私に声をかけてきた。
「ヘイ、ユー」
私は黒人に担ぎ上げられ、抵抗虚しく会社の外に連行された。
外に停まっている見覚えのないハイエース。
駐車場で黒人は私の胸ぐらを掴んできた。
「今から質問をする。イエスかノーで答えろ、オーケー?」
「な、なんなんだお前ら」
私の右頬には黒人の黒々としためり込む拳。視界が点滅し、私はハイエースにもたれかかるようにして倒れた。
「イエスかノーで答えろと言ったはずだ。わかるか?」
「わ、わかった…」
「おっと、すまないな。俺はイーサン。こっちは弟のガリルとジャックだ。オレたちはタイムマシンを作ったヤツを探している。お前、知らないか?」
「し、知らない…」
もう一発、左頬に鈍痛が走る。ゲホっと咳込むと血がコンクリートに垂れた。口の中を切ったようだ。
「ヘイ。そんなジョークは通用しないぜ。オレたちがなぜここに来たのかを考えな。俺たちの名前を聞いてもポーカーフェイスか?お前、20年前に作ったよな?人体模型。」
「…それは確かにあるが、あれが何だって言うんだ!」
「あれがタイムマシンだ。」
「そんなバカな!ふざけるのも大概にしろ!」
「まだわからないのか?お前はタイムマシンを発明したんだ。」
「いや、でもあれは段ボールで…」
当時の記憶を思い出そうとするも、思い出せない。
段ボールで人体模型を作った記憶だけが、抜け落ちてしまっているかのようだった。
「思い出せないのも当然さ。お前は"ライン"を踏んだのさ。」
「ど、どういうことだ!」
「これを見ろ。10年前のニュースペーパーだ。」
「こ、これは…シバサキ…コーポレーション…?」
「そうだ。お前のタイムマシンはこのシバサキという男に盗まれて、記憶を奪われたんだ。この会社のボス、シバサキタクマ、お前の友達だっただろ?」
「あいつが!?それ、本気で言っているのか?」
「ああ、本気だ。じゃないとリアノンが連れていかれた理由も説明がつかないぜ。」
「リ、リアノンが…?なんで…!お前たちが居ながら…」
「それほどに”ヤツら”は巨悪なんだ。だからオレたちはここに来た。お前の姉も今ヤツらの病院に居ると聞いたぜ。じゃなきゃ俺たちだってお前みたいなイカれたキツネ野郎のところには来ないんだよ。」
「おい、今なんて言った…?」
「”イカれたキツネ野郎”って言ったんだよ。クジャクでもいいけどな!」
「そうじゃない、その前だ!」
「お前の姉も奴らの病院に居る。」
「ファック!ツイてないぜ!俺は今アイツの汚えケツを蹴飛ばすことで頭がいっぱいだぜ!」
「HAHAHA!そうこなくっちゃなブラザー!殴って悪かったな。立てるか?」
「いや大丈夫だ、一人で立てる…」
私はハイエースに手をかけ、立ち上がって西の空を見た。雨が降っていた。
「ん?何だあれは?やけに明るいビルがあるな。」
「今まで気づかなかったのか?あれがシバサキコーポレーションだぜ。」
「そうか…確かにデカイな…」
「記憶を取り戻してきたみたいだな、ブラザー。」
「ハハハ、どうかな。なあイーサン、シガーを一本くれ。」
「マールボロしかないが、いいか?」
「ああ。構わん。」
「ところでブラザー、何か策はあるのか?」
「ちょっとな。コーヒーでも飲んでゆっくり作戦会議でもするか?上がってけよ。」
「おいおい!そんな時間はないかもしれないんだぜ!?何考えてるんだ!?」
「あ、そういえば言ってなかったんだけどさ、あのな…。」
「さっきの部屋にあった人体模型な…」
「なんだよ!勿体ぶってねえで教えろよブラザー!」
「あれもタイムマシンなんだ。俺が作った。」
「お前…本当にイカれたキツネ野郎だぜ…!」
続く。
続きません。私に姉はいません。なのでこの話はこれで終わりです。