歓喜天倶楽部

歓喜天倶楽部

日本一多趣味のテキストライター篠野が魅せる。日本一多趣味なブログ。

今だから話せる、いじめられていた頃のはなし。



今だから話せることがある。

私は、いじめられていたことがある。

それなりに歳を取って思考が成熟してくれたおかげで
今となってはその過去も糧だとさえ考えることが出来るようになった。
我ながら立派になったものだ、と思いたい。
だから話そうと思う。

今回は、「いじめの内容」と、「当時の私の思考回路」
この二点に、当時を振り返りながら着目していきたい。
また、内容がヘヴィなので、できるだけポップに話をしていきたい。

マーティ・マクフライ君も言ってるよ。
「こいつぁヘヴィだ…」ってね。

でもね、ポップに話すことは、私のこのブログの本懐でもあるから。

では、行くぜ。デロリアン、GO!


私は、親の仕事の都合で海外に住んでいた。中学卒業までの5年間。
で、海外の中学校を卒業して日本に帰国。
日本の家は空き家としてセコムを張り巡らせた状態にして
海外に住んでいたので地元は存在する状態だ。
でも、私は地元の高校には進学しなかった。
「地元には帰らねえ!」と言いたげな
いかにも気取った口ぶりですが、たまたまです。マジで。
だって日本の高校の情報全然入ってこないし。
外国語が使えそうな高校が地元じゃなかっただけです。


これから遡るのは私が高校生の頃のこと。

まあ要するに激ぼっちで高校に入学した私である。
友達を作りたくて必死だったような気がする。
高校生にもなって「友達100人出来るかな」マインドで入学した気がする。

しかしなんと、私のクラスは3年間クラス替えが無いクラスだった。
40人のクラスで男子は私含めて8人。しかも3年間固定。
そういう科に入った。帰国子女枠で入学したのもあって受験番号は1番。
知ってる?受験番号1番って結構ヤバいよ?
合格発表の時自分の番号探さないんだもん。そのドキドキ感めちゃあった。
今思えば貴重過ぎる体験だし世界中の受験番号1番と友達になりたい。
ていうか、ぅちら、ズッ友だよね☆
(何を言っているのだろうか)


で、なんやかんやあっていじめられたのは3年生の頃だった気がする。

端折りすぎ。「はしょる」って「端を折る」って書くんですね。
中間の経緯を省略してるから端じゃないよね。
もしかしてこれ誤用?中略ってこと?
あとそんな端折るなよ。箸折るぞ。割らずに。(ここで大爆笑が起こる)


……。

……まあそのなんやかんやというのは、いろいろありますよね。

なんやかんやあって帰宅部になって、
弓道部に入りたかったけど高そうだった)
(バンドやってた)
(そこまでやってない)
(アニメ「けいおん!」みたいな青春想像しても意味ないよ)
(見たことないけど)
(家でギター弾いてただけですマジで)
(今思えば激ぼっち帰宅部が友達100人作れるわけねーだろ)
フィボナッチ数列
(?)
(韻を踏んだつもりか?)

なんやかんやあってクラスメイトの彼女が出来て、
なんやかんやあって数カ月で振られて、
なんやかんやあって他のクラスの女の子と付き合うことになって、
なんやかんやあって別れることになって、
なんやかんやあって篠野くんのファンクラブが存在するらしくて、

……なんやかんやあってとかいいながら自慢してるだけじゃね?
先に断っておきたいのは、
”ファンクラブが存在する”
ってのは噂話から耳に入ってきただけで、真偽は知りません。
篠野は割とフツメン・オブ・ザ・フツメンでやってきてますので、
「ファンクラブ?そんなわけねえだろ」とか思ってる。

”海外からやってきた帰宅部のぼっち”という肩書が謎の人物感を醸し出して、その延長でそういうものが出来たのか、
それともファンクラブがあると嘘の噂を流して、
私をウキウキな気分にさせたいだけだったのか、
真偽はわからん。いや後者だろ。
会員は2人って何?ちょっと真実っぽい人数なのやめて。
心当たりのあるお二方は会員証をPDFでスキャンして私に送ってください。

シュルルル、、、、

あれ、なんか記憶が逆流してきた。
もしかして私が学祭のオーディションでギターを学校に持ち込んだ時に
私のことを遠巻きに写真撮ったお二方がもしかしてそうですか?
ってか誰ですかアナタたち名前も知らないんですけど。あとオーディションは余裕で落ちました。ギター二人とキーボードという尖った構成だったし。ラルクのコピーしたけどMONGOL800に負けました。そりゃそうか高校生だもんな。今となってはいい経験です。


ねえ、自慢話はいいから、いじめられていたころの話をしようよ…

はいはい、わかりましたよ…(二重人格?)
で、まあいじめられていたことがあるんですけど、
その内容を紹介しましょう。

分かりやすいのは自転車ですね。
当時私は学校の最寄り駅から自転車通学だったので
自転車通学だったんですが(?)
まあ、その自転車には色々されましたな。

サドルを隠されたり、
タイヤをパンクさせられたり。

まあサドルは隠されるというか、外されて自転車のカゴの中に入っていたり、
そのへんに転がっていたりして、帰るときに「サドルがねえ!」っていう状況にはならなかったと記憶しています。

でもパンクは酷いよねぇ。
修理代かかるもん。
大体週に一回くらいの頻度でやられていた記憶かな。
思い出したら腹立ってきた。金返せ。怒りも怒りよ。アンガーというよりもレイジ。

あとは、そうだなあ、
机の椅子の座布団(防災頭巾的なやつ)の下に味噌?塗られたりとかかな。あれは多分味噌。

…いや味噌て。結構手間掛かってんな。
今のご時世なら大炎上だし味噌蔵で味噌職人に殴られっぞ。
ていうか机の椅子って何?左の右みたいな言い方じゃない?

ま、これに関しては卒業まで気づかないふりをしたので実質ノーダメージ。

んなわけあるかよ。懺悔しろ。


あとわかりやすいのはさ、
廊下で名前も知らんサッカー部の人たちに自分の名前に近しい単語で騒がれることかな。
静岡の高校でサッカー部ならスクールカースト上位も上位でしょ。覇権握ってた実際。

これが結ッッッ構キツかった。
自分結構珍しい苗字をしているので口外できないんですけど、
例えば「ノトヤ」という苗字だとして、
私が移動教室とかで廊下に出ると、
「ノートや~!」とかって騒ぐの。こっちの反応を伺いながら。
「俺のノートや~!」「いやそれはメモじゃなくてノートや~!」とか。
クスクスキャッキャと。で、こっち見んな。

全国のノトヤさん、本当にすみません。バカにするつもりはこれっぽっちもありません。


その当時の私はどういう思考回路をしていたかというと、
多分、こんな感じです。

もしかして俺の反応を伺ってるのかな…
キレて殴りかかってきて欲しいのかな…
それともノリに合わせてヘラヘラと近づけばいいのかな…
もしかして友達になりたいんじゃ…


とかそういう感じ。だと思う。

まあ友達はクラスメイトの男子しかいなかった三年間なので、
精神的には友達が少ないという状態ですよね。
だって私含めて友達8人だもん。(これボケです。笑ってください)

で、そんな状態でこう、ほかのクラスの人が私の名前をモジって騒いでると、
怖いんですよ。シンプルに多勢に無勢。いわゆるタゼブゼってやつ。
いわゆらないか。別に。

とにかくね、
これはいじめじゃないと思いたかった。
多分これに尽きるんだと。

でね、いやなんかね、
あれなんですよ。
当時地元から通学するのに電車にも乗ってたんですけど、
最寄り駅に着くとめっちゃお腹痛くなったりして、
割とそこそこの頻度で学校を休みました。週に1回か2回くらい。

多分苦痛だったんだろうね。いや苦痛だろ。
学校行ったら自転車パンクさせられるかもしれないしね。
今度は誰から何をされるのかわからないし、
何よりも「これはいじめられているのかどうか」を常に考えながら
一挙手一投足に気を配るのが疲れた


でまあ、当時学んだことの話をしますね。

割と不登校気味になった篠野君ですが、
担任の先生が見兼ねて相談する時間を設けてくれたんです。
いや違うな。登校するたびに自転車パンクさせられてて困ってるから相談したんだっけ。

で、相談したんですよ。
その時多分こういう話し方をしたと思う。なんか覚えてるわ。

「犯人捜しをしたいわけじゃない」って。

「困ってることが無くなりさえすればいい」って。

で、翌朝先生がホームルームで私の名前は出さずに泣きながら怒ってたっけ。

当時は結構それだけで有難かったんだけど、冷静になると先生側も困るよな。そんな相談されてしまった日にはどうしたらいいのか困るもん。

まず、同じクラスの話なのか、学年を巻き込んだ話になるのか、とかね。
どこから話題を出していくべきかとか、そういうことも考えないといけないよね。

いじめられている人を隠し、守りながらいじめをなくす、なんて大変なミッションだよね。

まあ私は先生じゃないから当時の先生の苦労を慮ることがどれだけ有用かわからないので省くとしよう。

とりあえず、相談したら頑張ってくれる人がいるんだってことを当時学んだね。
感謝してるぜ、長谷川先生。(実名)



当初の「いじめの内容」と「当時の思考回路」については話しちゃったので
このへんで話をずらすんですけど、
価値観の多様性がいろいろ出てきてから巷で生まれた価値観として、
「いじめられる側にも非がある」ってやつ、あるじゃないですか。

話をずらすならもっと明るい話をしてくれよって話ですよね。
ですよね。わかります。
そういえばすっかり春ですね。(適当)


当時の私はどういう非があったのかを考えてみたんですけど、
よくわかりませんでした。
モテてたから?いや別にそこまでモテてないし。
友達が少なかったから?
私が帰国子女で異端だったから?
帰宅部でコソコソしていたから?
関わろうとしなかったから?


結局は、「いじめてる人たちの気に食わなかった」ことが私の非なんですよね。
結局は全部だったんだろうと思う。


でもまあ、それでも仲良くしてくれた友達がいてさ、
彼とは今でもたまに飲みに行ったりするんだけどさ、
すっごくよく覚えてることがあってさ。

学校の帰り道でチャリ漕ぎながら
「俺は篠野の味方だからさ」って言ってくれたの。
泣いたね。いやいや泣いたよ。

当時の私は不登校気味だったし、
私が苦しんでいることを知ってほしくて手首だって切ってたし、
そういう自分の利己的側面がいじめを加速させていたのかもしれないとか今更ながらに思うよね。

そういう意味で、いろいろひっくるめて、
その当時、私は一歩踏み出さなきゃいけなかったんだ。と思う。
一歩踏み出さなかったのが私の非。そう思う。

一歩踏み出して、当時サッカー部に
「呼んだ?」って笑顔で近づいたり、
友達になろうよ、という気持ちで関わることが出来ていたら、
同じように名前をモジって騒がれても、意味合いは変わっていたと思うし、
自転車や味噌の件もなくなっていたかもしれない。
「やめろよ~このやろ~w」くらいのノリに出来ていたのかもしれない。
例えば仲良くするなんて無理だとして、
そこで殴り合いの喧嘩になったとしても何かは変わっていたと思う。

当時それくらいの想像だってした。
でも何も出来なかった。
私の本当の性格は引っ込み思案なんだろうなと思い知ったよ。

なので、私の「いじめられる側の原因」は、
・いじめていた奴の気に食わなかったこと。
・一歩踏み出さず、屈していたこと。
・手首を切る等の小さな抵抗でいじめっ子を逆撫でしたこと。

とかじゃないかなとか思うんです。



まあもうこれ以上過去を遡ったとしても何のタメにもならないと思うので、
ここからは私の今の考えを述べようかな。


結論、いじめは無くならないと思います。

なぜなら、「あいつ気に食わねえな」という感覚は、
誰にでも、一生ついてまわる価値観だからです。

それが「いじめ」に発展してしまうのは、
年齢を重ねていないなどの理由による判断能力の低さ
が原因だと思うからです。

大人になったらいじめの大半は無くなるってよく言うじゃないですか。
なぜならば、思考が成熟するからです。
馬鹿馬鹿しいことは思考から除外する能力が付く、と言い換えてもイイかも。

だから、大人になってもいじめをしているような人は大人じゃないです。

いじめは無くならない。一過性のものだと割り切るしかない。
でもそれは当事者にとってみると難しい。
つらくてつらくて死ぬことしか考えられなくなるほど思考が凝り固まってしまうくらい、難しい。

じゃあどうするかって、一択なんですよ。

生きるしかない。

死んでしまいたくなるほどつらくても、本当に死んでしまったら、
すべてに屈して負けを認めてしまったことになります。

死ぬこと以外でのつらい現実から逃れる方法なら、全て正解だと思うので、
思いついたことを片っ端からやってみるといいです。

生きてさえいれば、そのすべてが糧になるかもしれないし、
そう信じた方が、たぶん、いいです。

その証拠に、今の私が価値観として持っているものがあります。
鎖国とか、同調圧力とか、付和雷同とか、安牌とか、
そういう言葉が嫌いです。吐き気がする。
なぜならこれらの言葉は、
マイノリティのあぶり出しが発生し得る単語であるからです。
つまり「いじめ」に発展する可能性がある単語だからです。
これらの単語は全て、大小問わず、秩序の崩壊を招く。

人と違うから、何?
みんなそうやってるから。だから何?

ちなみにいじめっ子って複数人になるメカニズムって、
「自分がいじめられないために自分も加勢する」なんですよね。
攻撃は最大の防御だと思ってるクチですね。

いじめって、漢字にすると「虐げる(しいたげる)」という漢字を使いますよね。
そういう意味だと、
「本当はいじめなんかしたくないけど自分がいじめられないように誰かをイジメなくちゃ」
という人も、言語的にはいじめられていますよね。

だって、その人の「本当はイジメたくない」という心が、
現実、虐げられているわけですから。

主犯格はある意味好感持てるよ。
だっていじめの主犯格は相手と戦う覚悟を少なからず持っているわけだからね。
意思と言ってもいい。

そして、一番タチが悪いのは主犯格じゃない取り巻きの人たちってことです。
自分の心が主犯格によって虐げられているから、被害者だと思っている。
こういう思考こそ最大の悪だと私は思っています。

なぜならば、あえてキツイ言い方をするならば、

自分が生きるために人を殺せる人間だからです。

もっと言えば、自分のエゴで人を殺せる人だってことです。

これを魔王と呼ばずして何と呼ぶ?勇者よ。


自分の意見も持たずに生きている奴にだけは絶ッッッッ対になりません。
そして、
自分の心が虐げられることを許容できる人間には絶ッッッッ対になりません。




今は本当にカオスな時代ですよね。いじめが常態化しているというか、
もはや「いじめ」が一つのコンテンツになってしまっている時代です。

つまづいて転んでしまった人のことをみんなでバカにして笑う時代。
今にも転びそうな人を見つけたら足を引っかけようとする時代。
それを笑いというコンテンツとして一括りにしてしまう時代。
だって周りがそうやってるから。みーんなさ、顔を隠してさ。

そういう大変な時代になりました。顔も名前もわからない大魔王だらけよ。
あなたも私も大魔王。魔王の思考も孕んでいるのが人間。クックック…

篠野の勇者の心はこう言いました。(突然物語)

「車ばっか作ってないでエクスカリバー量産してくれ。」

「てかエクスカリバーっていう名前の車ありそう。」

「あ、でも量産したら魔王の手に大義名分という名のエクスカリバーが…」

「あわわ…どどど…どうしよう…」




う~ん、頼りねえ勇者!




おしまい。とりあえず生きてこ。